Researcher report
研究員レポート
海外取引の与信管理について(1)〜海外取引開始までの与信管理手順と注意点
日本と海外の商習慣の違い
海外の取引先と取引を開始する前に、まず日本と海外の取引習慣の違いにつき知っておくべきでしょう。国や地域によって違いは当然ありますが、以下2点が大きな日本と海外の相違点と思われます。
(1)期日に対する考え方
日本では支払期日に代金を支払うのは当然で、一日でも遅れようものなら、謝罪しますが、海外は欧米であれ、アジアであれ、そこまで期日を遵守することに責任感を持っていないと言えます。取分けアジアなどの金利の高い国では、支払期日を遅らせ、資金コストの削減を図る経理担当者などがいます。
(2)手形・小切手制度
手形は日本では2度の不渡りで取引停止処分と事実上の倒産につながるため、確実な債権回収方法として手形取引が好まれます。しかし、一部アジアの国以外では、あまり利用されていません。
海外で一般的なのは小切手です。小切手であれば、すぐ支払いを受けられ、不渡りなら、直ぐ請求に行けるからです。
取引開始までの与信管理手順
(1)取引先からの引き合い
まず、取引先の信用度を測るために、決算書や登記情報等の基本的な情報を収集する必要があります。
次に、その取引先に格付を付与します。格付けは最低年1回見直しします。日頃の取引から得られる情報も蓄積し、格付けに反映させます。
(2)取引条件交渉から契約まで
格付ごとに定めた取引条件、取引限度を設定しておき、これをベースに取引先と交渉します。
交渉がまとまれば、契約を締結しますが、取引条件が合わない場合には、リスクヘッジ手段の導入を検討することになります。
(3)入金管理
取引開始に当たっては、インボイスを確実かつ正確に出すことが重要なステップとなります。大口の債権がある取引先には、取引残高明細書を送付し、取引先が債務残高をきちんと認識しているか確認する必要があります。
尚、取引先の詳しい与信管理方法については、本クレジットリスク総合研究所の研究員レポートに掲載されている「与信管理の目的」、「与信管理体制の構築」、「経営上の与信管理体制」、並びに「コーポレートガバナンスと内部統制としての与信管理体制の構築」をご参照ください。
入手した情報の分析方法のチェック・ポイント
(1)決算情報の分析
まず決算情報で見るべきポイントは、代金支払いを出来るだけのキャシュ・フローを持っているかです。具体的には営業利益と減価償却を足した金額がプラスかどうかです。
次はキャシュ・フローの蓄積があるかですが、基本的には自己資本が充実しているかどうかです。自己資本が充実していれば、キャシュ・フローがあり、差し入れ可能な担保もあり、借入も容易と考えられます。更にキャシュ・フローと負債のバランスも大事です。営業利益プラス減価償却費と比較して、借入が何倍もある企業はリスクが高いと言えます。
(2)登記情報の分析
業歴の長い企業は根本的に相応の体力があると思われます。ポイントとしては、10年以上の経歴のある企業は必ず強みがありますが、その強みに持続性があるか見極めることです。
株主については、単に有力な資本が入っているから大丈夫と判断するのでなく、そのグループにとって重要な企業かどうか、資本は何パーセント入っているか等を調査する必要があります。
代表者・取締役についてのチェック・ポイントは代表者が変わった場合、会社が大きく変貌することがあるので注意が必要です。取締役の変更も内紛、倒産を察しての退職などのケースがありますので要注意です。
更に、当局の情報については行政処分や違法といった記載がないかチェックする必要があります。
取引先の信用度と取引限度額・取引条件の設定
取引先の信用度の把握ができたら、取引先の信用度に応じた取引限度額・取引条件の設定が、与信管理上も営業推進上も重要で、これが適切にできれば貸倒れリスクも減少し、安全に販路拡大を図ることができます。
(1)取引先信用度の把握と限度額の設定
取引先の信用度は、決算書から格付けを算出する格付モデルを使い、登記情報や支払振り等の定性情報を反映して測定することになりますが、相応のノウハウが必要です。簡易的に信用度を測るには、信用調査会社の格付けを利用するのが有効でしょう。簡便な取引限度額の設定は①取引見込み額による計算、②取引先の買入債務額に基づく計算(買入債務額の3~5割ほど)、③倒産確率に基づいた信用度による計算方法がありますが、この内、最小の金額を取引限度額に設定するものです。
取引先の格付けについては、本クレジットリスク総合研究所の研究員レポートに掲載されている「企業格付の考え方~信用調査会社の企業格付~」、「企業調査レポートの料金・活用方法と信用調査会社の特徴比較」をご参照ください。
(2)取引条件の設定
貿易取引ではCash on Deliveryは難しいですが、為替手形と船積書類を使って、モノの引き渡しと代金支払いを同時に行う取引が行われます。船積書類の引き渡しと手形決済を同時に行うD/P(Documents against Payment)取引は、銀行を介してCash on Delivery取引を実現した取引と言えます。
為替手形の良いところは、輸出者主導で代金回収が出来ることで、船積書類の良いところは、B/L(Bills of Lading, 船荷証券)が商品の代わりとみなすことができる点です。
一方D/A(Documents against Acceptance)取引は荷物を先に取られ、後で代金の支払いを受ける後受け送金とあまり変わらない取引です。しかし、手形を引き受けることで、買掛債務が明確に存在し、売掛債権のみならず、手形債権としても取り立てが出来るメリットがあります。
L/C取引は輸入者の取引銀行が発行する保証状で、輸出者がL/Cに記載された条件どおりの書類を提出すれば、L/C発行銀行が代金を支払ってくれるもので、極めて安全性の高い取引です。
以上、取引先の信用度合い、取引コスト等を勘案し、取引先と交渉の上,取引条件を決定していくことになります。
以上
参照文献:保坂賀津彦著「海外債権管理の実務ハンドブック」