疲弊するウクライナ経済(The Economist)
ウクライナのマルチェンコ財務相は、自国が軍事侵攻をされる中で経済のかじ取りを余儀なくされている人物にもかかわらず、不思議なほど楽観的だ。ロシアがウクライナの主要港を占領・封鎖し、多くの企業活動を停止に追い込んでいる可能性がある中で、同氏は平静さを保ち続けている。
「状況は非常に厳しく、過小に評価をするつもりはない」と、財務省近くのしゃれたカフェでラテを飲みながらマルチェンコ氏は語った。「だが何とか乗り切れる」。空襲警報のサイレンが鳴ってインタビューがさえぎられても、まったく気にする様子を見せなかった。
マルチェンコ氏がパニックに陥らなくても済む理由は数多くある。戦闘状態に突入するまで、ウクライナ経済は好調で、昨年10~12月期の国内総生産(GDP)は前期比年率換算で7%近いペースで成長を遂げていた。
穀物や鉄鋼の輸出価格は高水準で推移し、銀行業界には十分な規制が働き、2021年の財政赤字はGDP比3%弱にとどまった。政府債務のGDP比率は50%弱で、多くの国の財務相が夢見ることしかできない数字だ。
税制と社会保障制度が見事なまでにデジタル化されているため、経済がまだ機能している部分から滞りなく税収が入る。年金や公務員給与は、現在ロシアの占領下にある地域でさえ、すべて支払われ続けている。デジタルシステムが強靱(きょうじん)で、インターネットが意外なほどダメージを負っていないおかげだ。
多くの企業は通常通りに、あるいはまったく営業できていなくても、これまでのところ従業員に給与を支払っている。驚くべきことに、雇用主に課す給与税の納付は1%しか減っていないとマルチェンコ氏は言う。
22年はマイナス45%成長との見方も
だが、ことはそう簡単には行かない。世界銀行は、ウクライナの22年の実質成長率がマイナス45%に陥ると予想している(マルチェンコ氏は「我々の予想はマイナス44%だ」と苦渋の表情を浮かべながら語った)。当然のことながら、いずれの予想も極めて不確実だ。
政府の税収の大きな部分を占める関税収入は、ロシアによる侵攻開始前の4分の1程度に落ち込んでいる。輸入が減少し、多くの関税を課せずにいるためだ。軍人の給与負担も大きい。これらが重なると、毎月50億ドル(約6500億円)程度の資金不足が生じるという。つまり、戦争が続く限り、ウクライナのGDPのおよそ5%相当が毎月失われていくことになる。
それではどのようにしてその穴を埋めるのか。1つの方法は、中央銀行に紙幣を増刷させることだとマルチェンコ氏は語る。戦時国債を増発するという方法もある。すでに発行されている債券の利回りは現在11%程度で、インフレ率を下回る。
しかし、国債の主な買い手を海外に依存せざるを得ない。そのため、マルチェンコ氏は外国政府への支援要請に1日の大半を費やしているという。最も期待を寄せているのは米国に対してだ。
バイデン米大統領は4月28日、すでに承認されたウクライナ支援の予算が底を尽きつつあることから、330億ドルの追加予算を計上するよう議会に要請をした。米議会下院は、金額を400億ドルに積み増した追加予算案を可決している。資金の大半は武器に費やされる見通しだが、少なくとも85億ドルは経済支援に充てられる。
ただ、マルチェンコ氏は「良いニュースだが、米国の支援が全体としてどのようなもので、いつ届くのか我々には分からない」と漏らす。
資金不足が経済改革の成果損なう
さらに喫緊の問題が、すでにまさしく芽を出しつつある。国内全土で小麦や大麦、ヒマワリといった穀物や油脂原料の今年の作付け期は終了した。驚くべきことに、例年の約8割にも当たる作付けを、時に防弾チョッキを身に着けた勇敢な農家の人々たちが行った。
しかし、問題は育った作物をどうするのかだ。ロシア軍の前線は後退し、これ以上前進る可能性は低いため、収穫に大きな問題はないだろう。難しいのは、収穫した作物の国外への輸送だ。黒海にはロシア海軍が展開している一方で、ウクライナ海軍が防衛用の機雷を敷設しているため、ウクライナの主要港オデッサは完全に封鎖されている。近郊に位置する第2、第3の港でも状況は同じだ。第4、第5の港があるベルジャンシクとマリウポリはロシアの支配下にある。大量の穀物を貯蔵することもままならない。国内の穀物貯蔵庫は、最近収穫された冬作でほぼいっぱいになっている。本来ならすでに輸出されていたはずの作物だ。
9月の収穫期以降に食料不足の懸念
こうした問題の解決に当たる責任者が、反体制派のジャーナリストからウクライナのインフラ担当副大臣に転じたムスタファ・ナイエム氏だ。穀物を海路で輸出できなければ、ポーランドやルーマニア、ハンガリーを経由する陸路や鉄道で輸送しなければならない。
だが、問題は山積しているとナイエム氏は言う。道路は交通量の増加に対応できず、代替港は余力に限りがある。
最も困るのは、ウクライナと欧州連合(EU)の国境を越えるのに多大な時間と労力を要することだ。国境地点ではただでさえ、現在でも税関や植物検疫の検査待ちで10キロメートルの渋滞が発生している。EUの規則では、非加盟国であるウクライナの貨物車は入域できる台数に上限がある。官僚主義的な手続きが足かせになっている。
それが解消されない限り、ウクライナ、欧州、そして世界中が、今年9月の収穫期以降に深刻な食料不足に直面することになるだろう。「欧州のすべての国がウクライナの貨物車の自由な出入りを認める必要がある」とナイエム氏は力説する。「各国はどれほど膨大な量の小麦が(欧州を経由地にして)押し寄せようとしていることを分かっていないようだ」
以上
出典:The Economist (2022年5月14日)