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新興国のインフレ退治(The Economist)

欧米の中央銀行は最近になってようやく、景気回復の推進から根強いインフレの退治へとかじを切った。だが一部の新興国は、この政策転換にずっと早くから着手していた。

ブラジルでは21年から利上げを続けてきたが、食料品や燃料などをはじめとする物価上昇に歯止めがかかっていない=AP

ブラジル中央銀行が0.75%の利上げに踏み切ったのは2021年3月で、米連邦準備理事会(FRB)が同じ上げ幅で行うのより、1年3カ月早かった。先進国の財政刺激策でインフレリスクが高まり、それにより金融市場が動揺し、新興国に影響が及ぶと予測したからだ。

ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は1年以上前、インフレは「一見したところよりも」持続的なものとなる可能性が大きいと警鐘を鳴らした。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、消費パターンが変化したことを理由に挙げた。

この変化が続くかどうかは誰にも分からなかった。だが、まさしくその不確実性によって、企業は需要を満たすための投資を手控えるようになった。

後から振り返ってみると、こうしたコメントは賢明で先見性があったように思われる。実際、いくつかの明らかな例外はあるが、新興国の中銀に対してここ数年、より多大な敬意が払われるようになっている。

改善する新興国の金融政策の枠組み

国際通貨基金(IMF)が策定した新たな指標(225の基準に基づく)によると、新興国の金融政策の枠組みは改善し、一貫性(政策目標が合理的な目的にかなっているか)や透明性(自らの行動についてきちんと説明しているか)、整合性(言動が一致しているか)が高まっている。

世界銀行が算出したところによると、新興国の05~18年の期待インフレ率は、先進国の1990~2004年のものと同じほど安定していた。インフレが通貨安から受ける影響も小さくなった。

筆者は15年、マレーシアのペナン州のカフェの前に「ご心配なく! (マレーシア通貨の)リンギが下落しても、コーヒーの値段は変わりません」という看板が掲げられていたのを覚えている。

新興国がインフレ退治に成功するとの見方が広がったことで、成功する可能性が一段と高まった。信認の向上によって、政策の選択肢が広がったからだ。

おそらく新興国の中銀も先進国と同様に、通貨安やインフレ高進を逐一、気にする必要はないのだろう。だとすれば、新興国はFRBによって決まる世界の資本コストと、世界のコモディティー(商品)価格というこれまで散々苦しめられてきた2つの要素にやみくもに目を光らせずに済みそうだ。

FRBが金融政策を引き締めると、新興国はたびたび混乱に見舞われてきた。例えば、13年に当時のバーナンキFRB議長がテーパリング(量的緩和の縮小)に言及すると、ブラジル、インド、インドネシア、南アフリカ、トルコから大量の資金が流出する「テーパータントラム(かんしゃく)」が起きた。

インフレ期待安定で政策に自由度

一方、先進国では様相が異なる。FRBが金融引き締めをしても、英国、ユーロ圏、日本の中銀は、利上げに動くことを強いられているとは考えない。通貨は下落するかもしれないが、それによりインフレ率が中銀の目標を長期にわたって上回りそうにない限り、通貨下落は考慮されない。

同様に、原油価格が上昇すると生活費は上がる。だが、これを受けて労働者が賃上げを要求し、物価上昇圧力が加速するスパイラルに陥るようでなければ、消費者物価は上昇の一途をたどるとは限らない。いずれの場合でも、中銀は一時的な物価上昇に注意を払わなくてもよい。インフレ期待が安定しているほど、中銀には政策的な自由度がある。

新興国の中銀はこの1年、インフレ期待の安定という面で厳しい試練に相次いでさらされてきた。FRBが信認を維持するために引き締めを加速するとの見通しから、世界で金利が上昇した。

さらに、新興国は食料品や燃料価格の容赦ない上昇に苦しんでいる。新興国の消費者支出に占める食料品や燃料の割合は先進国よりも高い。世銀によると、南アジアの消費者物価指数(CPI)の60%以上を食料品とエネルギーが占めている。

食料品と燃料の価格上昇を「黙認」できている中銀もある。一例はタイ中央銀行だ。インフレ率が急上昇しても何の手も打たず、「中期的なインフレ期待は依然として安定している」として、景気回復を確実にしようとしている。

一方、メキシコやブラジルなど他の新興国は、景気が完全に回復しきらないうちに利上げに踏み切ることを余儀なくされた。英調査会社オックスフォード・エコノミクスのルシラ・ボニーヤ氏とガブリエル・スターン氏は、こうした国が先進国よりも先に手を打ったと指摘する。

もっとも両氏は「そうせざるを得なかった面もある」という。こうした国々では、インフレ期待が心配になるほど上昇する前に、引き締めに着手する必要があった。先手を打ったものの物価上昇率は並外れて急だった。

米ゴールドマン・サックスのアンドリュー・ティルトン氏とその同僚らは、今回の新興国の引き締め局面では、FRBの動きは従来ほど「決定的な要因」ではなくなっているとの見方を示す。テーパータントラムが再発する懸念は現実に起きていない。

縦横無尽に動く外資が、コロナ禍ですでに大量流出していたのが一因の可能性がある。さらに、中南米などFRBの引き締めの影響を受けやすい国の一部は、コモディティーの輸出大国でもあり、商品価格の高騰により恩恵を受けているとボニーヤ氏とスターン氏は説明する。

今後は米国での引き締めが新興国へ大きな影響

とはいえ、FRBの金融引き締めはまだ始まったばかりだ。しかも、新興国ですでに進みつつあるインフレは、通貨安の影響をより受けやすくなる可能性がある。

米シティグループのデビッド・ルービン氏は「火に可燃物をくべるようなものだ」と話す。通貨安だけではインフレは高進しないかもしれない。だが、インフレに火が付いていれば、通貨安によって拍車がかかる。

コモディティー価格の高騰を受けてすでに値上げに乗り出しているマレーシアのカフェは、さらにリンギ安を織り込むことになるだろう。

このため、今後の大勢はFRBがインフレ抑止の信認を回復し、米国でインフレ圧力を封じ込めるためにどこまで引き締めを進めるかに左右される。FRBが信認を保つために必死で取り組まなければならないほど、新興国に及ぼす影響も大きくなる。

新興国は米国よりもずっと先にインフレ抑制に積極的な「タカ派」に転じたが、いち早く抜け出すことはできないだろう。22年の状況により、新興国市場は進歩を遂げているが、まだ中銀に完全に信認を置けるわけではないことが明らかになった。米国にも同じ教訓を与えている。

(c) 2022 The Economist Newspaper Limited. July 9, 2022 All rights reserved.

出典:日本経済新聞

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