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欧州ガス危機、深刻化は次の冬(The Economist)

オランダ北東部のフローニンゲン州には、欧州最大の確認埋蔵量を誇るガス田が広がる。掘削を数十年続けた結果、その一帯では小規模の地震が多数発生し、一部が損壊するなど数千軒の家屋が不安定な状態に陥った。そのため、オランダ政府はガス生産量を最小限に引き下げるとともに、2024年までにガス田を閉鎖すると約束した。

欧州最大規模というオランダ北東部フローニンゲン州のガス田の生産設備。だがこのエネルギー危機下で、その増産は難しい現実がある=ロイター

ガス価格が現在、高騰しているので、もし政府が通常の掘削を認めれば、がたが来ているとはいえガス田上に家屋を所有する者は誰しも百万長者になれるだろう。だがそれは政治的には不可能だ。現在のエネルギー危機が23年にはさらに深刻になる可能性があるにもかかわらず、オランダ政府が同ガス田の生産拡大で支持を得るのは難しい。

企業も家庭もこの冬しか眼中にないが

当然のことながらほとんどの企業も家庭も、この冬をどう暖房を絶やさず(かつ光熱費の支払い能力も維持しつつ)乗り切るかしか眼中になく、来年の冬のことまでは考えていない。

欧州各国の政策立案者らは、こうした企業や家庭を助けようと数十億ユーロ規模の支援策のとりまとめに必死だ。ドイツの連立政権は9月4日、新たに650億ユーロ(約9兆2000億円)規模の家計支援策で合意した。さらに同29日には高騰するガス価格を抑制するために2000億ユーロの総合対策の実施も決めた。イタリアも国内総生産(GDP)比3%規模の支援策をすでに講じたが、近く発足する新連立政権はすぐにその拡大を求める圧力にさらされるだろう。

だが、もっと悪いニュースがある。欧州のエネルギー危機は来春で終わりそうもない点だ。米金融大手ゴールドマン・サックスがこのほど発表した予測では、23年夏のガス価格は1メガワット時(MWh)当たり235ユーロ前後と現在の水準を上回る見通しだ(編集注、天然ガス価格の指標であるオランダTTFの9月30日の11月渡しの取引の終値は、同188ユーロと8月のピーク時の半値近くに下がっている)。新型コロナウイルス禍前は同20ユーロ前後だった。

ドイツの電力先物価格は、22年10~12月物より23年10~12月物のほうが高くなっている。フランスは現在、国内の多くの原発が技術的な問題に見舞われ、保守点検や修理のために運転を停止している。政策担当者らは23年には運転を再開できると見込んでいるが、そのフランスでさえ本当に懸念しているのはこの冬ではなく23~24年にかけての冬だ、とあるエネルギー企業の経営者は漏らす。

この冬、厳冬なら貯蔵施設は来春底を突く

ガス価格が高止まりしそうな理由は複数ある。もしこの冬が厳冬になれば、欧州のガス貯蔵施設は23年3月までにほぼ底を突く。

今年は、ロシアが西側諸国による制裁を受けてこの夏に供給を停止するまで、ロシアからのガスによってガス在庫を積み増すことができた。ロシアが23年に供給を再開しない限り、欧州は貯蔵施設にガスを補充するにはロシア以外の代替供給源を確保しなければならない。

だが、アナリストらによれば、ガスの世界市場には24年までは今予定されている以外に新たなガスが供給される見込みはほとんどないという。

9月26日と27日にロシア産天然ガスを欧州に供給する海底パイプライン「ノルドストリーム1」と「ノルドストリーム2」に損傷がみつかった(おそらくロシアによる破壊工作があったと思われる)ことも、来年の需給が逼迫しそうな理由の一つだ。また、大手ガス供給国であるノルウェーの複数のガス施設が点検のために停止が長引いていることも需給が逼迫する一因となっている。

オランダのフローニンゲン州の大型ガス田が欧州にとって唯一、今の事態を打開できるゲームチェンジャーだと専門家らは口をそろえる。同ガス田の採掘権を保有する複数の企業によると、14年には年間で420億立方メートルを生産し、現在も欧州のガス消費量の約5%に相当する200億~250億立方メートルを生産できるという。だが、政治的に増産は難しいのが現実だ。

オランダ政府によるガス田一帯に建つ家屋の補強と住民に対する賠償などの対応は遅かった。そのため今は住民の安全を最優先しているという事情がある。

新設LNG施設は相次いで稼働するが

明るい材料は、輸入ガスの処理能力が高まりつつある点だ。オランダ北東部のエームスハーベン港に新設した浮体式の液化天然ガス(LNG)ターミナルがこのほど稼働を開始したのに加え、ドイツも年内に2つのLNGターミナルが新たに稼働する。

また、完成が待ち望まれてきたノルウェーからデンマーク経由でポーランドにガスを運ぶパイプラインも10月に稼働を開始する。同パイプラインは、将来的には年間最大100億立方メートルを輸送できるようになる見込みだ。

輸送能力はこの半分にとどまるが、ポーランドからスロバキアにガスを輸送する新たなパイプラインも近く稼働する。また、ドイツからフランスにガスを送る輸送管を必要ならフランスからドイツにも送れるようにするための輸送管の改修も進んでいる。

しかし、こうした天然ガスの供給を巡る欧州各国間の争奪戦は激烈を極めることになるだろう。ポーランドの国営ガス会社PGNiGは、同国が確保できているのは今年の暖房シーズンの必要量だけで、来年春以降に天然ガスを供給してくれる先をまだ確保できていないという。

それでもドイツ、EUが長期契約に後ろ向きな理由

ドイツはこの冬、ガスが不足した場合に備え、ガスを自国に融通してくれる「連帯協定」を近隣諸国と結ぼうとしているが苦戦している。また海外からLNGを長期確保する契約の締結にも後ろ向きだ(編集注、ドイツだけでなくEU=欧州連合=としても特定の供給国が強い立場に立ち得るような長期供給契約の締結は避けるべきで、気候変動対策上も望ましくないとの方針をとっている)。そのため経済規模の小さな国々を犠牲にしても、ドイツの資金力に物を言わせて既に別の目的地に向かっているLNGタンカーを自国に向かわせる構えのようだ。

EUは、ガスを共同購入することでより良い条件でガスを調達できるようにする計画だが、その枠組みはまだ始動していない。

ガス価格が高いことは、欧州の電力料金が今後も高水準で推移する主因となる。長年、電力の純輸出国だったフランスは国内の原発の技術的問題を解決し、再びフル稼働させるのが待ったなしの課題だが、仏政府の見通しでは再稼働に時間がかかるという。

ドイツ政府はようやく、国内でまだ稼働し続けている原発3基のうち2基について運転期間の延長に取り組み始めた。原発の再稼働でガス需要を減らせるという分析を自ら出しているにもかかわらず、原発稼働の延長も23年4月中旬までとしている。

ポーランドはすでにドイツへの電力輸出を制限している。表向きは自国の電力の安定供給のためとしているが、実際には国内電力料金の抑制と石炭の過剰消費を避けるのが狙いだ。スウェーデン政府も、電力価格の高騰を防ぐため電力輸出を減らすよう国民から圧力を受けている。

危機長引くほど対立は激しくなる

エネルギー危機が長引くほど、各国内だけでなく各国間のエネルギーを巡る政治的対立も激しさを増すことになる。フローニンゲンの住宅所有者、ドイツの原発反対派、エネルギー価格上昇から企業や家庭を守ろうと奔走する欧州各国の政治家たちには、それぞれにそうする理由がある。だが、それぞれが目標を守ろうとすると、その結果として23年中もエネルギー供給は抑制されることになり、需要が供給をはるかに上回り、エネルギー価格の高騰が続くことになる。

(c) 2022 The Economist Newspaper Limited. October 1, 2022 All rights reserved.

出典:日本経済新聞

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