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アジア脱炭素、資金調達難しく(The Economist)

バングラデシュの首都ダッカで10月4日、停電が発生した。自宅アパートにいたサビーナ・イエスミンさんが真っ先に考えたのは生後1年5カ月の娘のことだった。

アジアで温暖化ガスの排出ネットゼロを目指す上で、石炭火力発電への依存を減らしていくことが不可欠だ(中国・上海)=ロイター

ダッカではこの時期、デング熱を媒介する蚊が多い。送風機も空調も止まっているなか、娘を暑苦しい蚊帳の中には入れられない。ディーゼル油が不足しているため、予備の発電機も使えない。ろうそくの値段まで4倍に跳ね上がっていた。イエスミンさんは涙をこらえるのに精いっぱいだった。

イエスミンさんのアパートを真っ暗にした10月初めの停電は、バングラデシュのほぼ全域に広がった。人口1億6500万人の5人に4人が7時間にわたって電気を使えなくなった。工場は操業を停止し、共同住宅の給水ポンプがストップして住民は水も使えなかった。

この停電は、地政学的情勢に起因する電力不足が深刻化した結果だ。バングラデシュはこの10年間、経済成長に合わせて発電容量を大幅に引き上げてきた。輸入天然ガスを燃料とする発電所の増設が主にその手段だったが、ロシアのウクライナ侵攻を受けてガス価格は高騰した。中東湾岸のガス生産国は貧しい国に輸出するより、高値を払う欧州への輸出を優先させるようになっている。

アジア各国、経済成長に伴いエネルギー需要が急増へ

バングラデシュが直面している問題は、今後起こりうることの前触れだ。アジア諸国の経済は今後10年間、世界で最も勢いよく成長し、エネルギー需要も急増する。その一方で、アジア各国はすでに気候変動の影響をとりわけ大きく受けている。

洪水、干ばつ、熱波の被害はますます大きくなる。その一方で、化石燃料を確保できるかどうかは政治的な情勢次第だ。アジアの将来の繁栄と人々の健康や幸福は、エネルギー供給を速やかにグリーン化できるかどうかにかかっている。明かりが絶えない未来を実現できるかどうかもそれ次第で決まる。

これは困難な挑戦である。東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国のエネルギー需要は2050年までに、欧州連合(EU)が現在消費している量の約3分の1増えるとみられている。インドだけでも、40年までに今日のEUの需要に相当する量がさらに必要になるだろう。

理想的には、増加分のほとんどを再生可能エネルギーでまかないたい。だが、アジア各国のエネルギー構成をみると、化石燃料の比重が相変わらず大きい。化石燃料優位の現状は、補助金や政治的な庇護(ひご)の下で定着した。インド、インドネシア、マレーシア、フィリピンでは、化石燃料の中で環境負荷が最も高い石炭が今でも主流だ。

中国、米国に次いで二酸化炭素(CO2)の排出量が世界で3番目に多いインドは、温暖化ガス排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」実現の目標年を70年に設定しているが、欧米主要国より20年遅れる。脱炭素の目標をまだ設定していない国々もある。

石炭からの脱却が先決だ。既存の火力発電所は域内で電力を安定供給するために今後数年は必要だが、新設ペースは抑制しなければならない。域内の火力発電所への投資資金の95%は中国、日本、韓国が拠出している。3カ国は海外での火力発電所への投資を打ち切ると表明したが、抜け道がある。

新しい資金調達手段を考案し、古い発電所の廃止を後押ししなければならない。南アフリカは石炭火力の廃止を進めるため、先進諸国から助成金や低金利融資を集める方法を試験的に実施している。インド、インドネシア、ベトナムは南アの手法にならおうと、ロビー活動を展開中だ。

アジア開発銀行は補助金と民間資金を組み合わせて、石炭火力発電所の運営主体の債務借り換えを支援しようとしている。石炭火力の収益計画を前倒しして資金回収できるようにし、早期廃止を実現させるという狙いがある。

「グリーン水素」に期待集まるが検証これから

新しいエネルギー源としては、再生エネを使って水を分解してつくる「グリーン水素」への期待が高まっている。水素は豊富でクリーンな上に、エネルギー密度が高い。だが、その技術もインフラも大規模な検証が行われていない。

それでも、野心的な計画が複数進んでいる。オーストラリア西部、西オーストラリア州ピルバラ地域では、砂漠地帯に再生エネ発電のハブ(敷地面積6500平方キロメートル)を建設し、年間26ギガワットの発電容量を使って水素とアンモニア(水素の貯蔵と輸送を可能にする)を生産し輸出する計画だと事業推進者は言う。

グリーン水素は不確実さを伴うため、当面は太陽光発電と風力発電がアジアのエネルギー転換の主役を担う。大きな夢を抱く企業もある。ある豪州企業は300億豪ドル(約2兆8千億円)を投じて海底ケーブルを敷設し、同国北部準州の太陽光発電所からシンガポールまで電力を送る計画だ。計画通り完成すれば、29年にはシンガポールの電力需要の約6分の1を供給することになる。

アジアの再生エネプロジェクトのほとんどは規模が小さいものの、一つひとつを積み重ねていけば大きな効果を期待できる。本誌(The Economist)の調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)によると、再生エネがアジアの電力構成に占める割合は現在の15%から31年までに31%に倍増する見通しだ。

インドでは、水力発電を除く再生エネの発電容量が200ギガワット増える見込みで、再生エネの比率は21%に達する。中国も水力発電を除いた再生エネの発電容量を700ギガワット増やすとみられている。中国国家発展改革委員会の幹部によると、ゴビ砂漠に新設する風力発電設備だけでも発電容量は450ギガワット規模に達するという。

3900兆~5500兆円規模の投資が必要との試算も

エネルギー転換を成功に導くには、中国のように原子力発電も活用しなければならない。バングラデシュやインド、韓国はいずれも原発の容量を拡大している。アジアはグリーンエネルギー関連製品を大量に製造しているため、脱炭素化に役立つだろう。マレーシア、ベトナム、韓国は中国に次いで太陽光発電パネルの生産量が多い。

インドネシアは電気自動車(EV)の電池材料であるニッケルの世界最大の生産国だ。同国がニッケル加工産業の近代化や、韓国などの電池メーカー誘致を目指して進めている計画は大きな成果を収めている。国際エネルギー機関(IEA)のチーフエコノミスト、ティム・グールド氏は、インドネシアがニッケルで得る収益は石炭の過去の収益を上回ると見込む。

だが、商業化が可能なプロジェクトばかりではない。気候変動に関するアジア投資家グループ(AIGCC)は、アジアの脱炭素化には50年までに26兆~37兆ドル(約3900兆~5500兆円)規模の投資が必要になると試算している。民間投資に拍車をかけるには、先進国から助成金や補助金を集めなければならない。

インドのモディ首相はネットゼロの目標設定に合意する見返りとして、資金支援を要請した。30年までに限っても1兆ドルの資金が必要だという。15年に採択されたパリ協定で貧困国に約束された年間総拠出金の10倍に相当する金額だ。その資金の分配はこれまでほとんど進んでいない。

11月にエジプトで開催される第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)では、資金面の議論が中心になるだろう。アジアが低炭素の未来を実現できるかどうかは、その結果にかかっている。

(c) 2022 The Economist Newspaper Limited. October 15, 2022 All rights reserved.

出典:日本経済新聞

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