Researcher report
研究員レポート
海外取引のコンプライアンアスについて(1)海外取引のコンプライアンスの必要性の背景と法規制の動き
海外コンプライアンス必要性の背景
近年海外取引を行う企業にとって、海外取引に係るコンプライアンス・チェックの必要性が重要な課題となってきました。どのような背景があるのか見ていきたいと思います。
(1)法規制のグローバル化・デジタル化
世界経済がグローバル化する中、企業は海外に拠点を持っているかに関わらず、人・物・金・情報は国境を越えたものとなり、法規制の影響も国境を越えたものになって来ています。
(2)各国の法規制の世界的影響の拡大
各国はそれぞれ国内企業活動に対して、いろいろな法規制を課していますが、経済活動のグローバル化に伴い、国内経済活動だけにとどまらず、その国以外の海外企業活動まで影響を及ぼすようになってきています。経済制裁規制、輸出管理規制、競争法などの域外適用などが例です。
(3)法規制の多様化
企業の活動は各種法律、政府の経済規制や業界団体のルールなどに従って行われていますが、最近は法的拘束力を持たず、また違反しても法的制裁が伴わない、様々なステークホルダーの関与のもとで作成される「ソフトロー(行動規範)」が企業活動に大きな影響を与えるようになりました。とりわけ、国際機関が加盟国とともに作成した「ソフトロー(行動規範)」は海外取引を行っていない企業、海外に拠点を持ってない企業などにも大きな影響を与えるようになりました。
(4)法規制の流動化・不安定化
世界経済のグローバリゼーション化により、急速なIT技術の進歩による貧富格差の拡大、ビッグデータの利用による情報プラット・フォームの独占化にともなう個人情報保護の問題、地球温暖化による気候変動の危機、それに最近のコロナ感染症パンデミックなど、企業を取り巻く環境は大きく変わろうとしてきており、法規制の流動化・不安定化か増しています。
以上のように、企業を取り巻く環境が大きく変化する中、企業は直面する法規制上のリスクを多角的に分析し、またステークホルダーとも対話しながら、効果的・効率的に対応していくことが求められています。
具体的に、法規制がどのように国際的に広がり、多様化しているか見ていきたいと思います。
法規制の国際的広がり
(1)各国法規制の現地適用
基本的に企業は拠点のある国の法律が適用され、それを遵守し活動するのが一般的であり、これを「属地主義」といいます。
(2)規制の域外適用
例えば日本に本社のあるA社がB国に拠点を持ち、B国の法規制が本社のある日本のA社にも適用される場合です。
一般的に国はその法域内においてのみ法規制を適用できますが、他国の法域に適用しようとすれば、主権の侵害の問題が生じます。他国に適用するにはその法域に何らかの接点が必要となりますが、これが最近広くとらえられ、適用が拡大しています。例えばカルテルの違反行為などは日本も含め多くの国では自国の市場に競争制限的な効果を与える場合、域外適用しています。自国以外で合意、実行された行為が自国の取引に影響を与える限り適用しようとするもので、これを「効果理論」といいます。
(3)法規制の調和
自国の法規制を直接適用するのではなく、他国に法規制の調和を働きかけていくことにより、他国の法規制が強化され、その国の企業行動に影響を及ぼすことが可能となります。域外適用と類似の効果が得られます。この法規制の調和は、条約や国際機関などの国際的な枠組みを通じて行われることが多いです。
具体的な例としては、経済制裁分野で国連安全保障理事会に基づく制裁決議の実施が加盟国に義務づけられており、日本でも外為法に基づき措置が実施されています。
(4)経済制裁・貿易制限措置
これはある国が他国にある企業・機関に問題がある場合、他国の企業・機関に規制を課すのではなく、自国の企業・金融機関に他国にある企業との取引を制限するよう規制を課すものです。これにより他国にある企業に自国へのアクセスを制限することができます。
例えば、米国貿易円滑化貿易執行法において、非米国企業が、米国接点の有無にかかわらず、強制労働によって生産した製品に関して、米国への輸入を禁止しています。
(5)サプライチェーン等管理・開示規制
近年、一企業のみならずサプライチェーン等の管理・開示を義務づける法規制が多く導入されています。この規制はその国にある企業に適用されるものですが、その企業の海外取引先並びにサプライチェーンに対しても、法規制の遵守を要求するものです。法規制を取引条件に盛り込むことで、その域外適用を有効化させようとするものです。
例えば、EUの非財務情報開示指令は、EU企業に対して、環境・労働・人権・腐敗防止の分野について、サプライチェーンを通じたリスク管理の状況開示を要求しています。EU企業と直接・間接に取引のある日本企業も関連する取り組みを求められることが多くなっています。
法規制の多様化
(1)ソフトロー(行動規範)
行動規範は国際機関が関与したものだけでなく、業界団体、また広く支持を得ているNGOが関与するもとで作成されたものも、企業行動に大きな影響を与えます。
(2)契約条項
取引先との契約条項において。企業の行動規範が契約上の義務として盛り込まれることがあります。違反した場合、契約解除や損害賠償発生の可能性もあり、企業は遵守を求められます。契約条項の導入についてはEUのデータ保護に関する契約で、政府の法規制自体が要求している場合があります。
(3)政府・民間調達基準
政府・民間の調達において、さまざまなコンプライアンス分野の要求事項が、加点事由・契約条件・入札参加資格停止事由として、組み込まれる場合があります。各基準国の政府や開発銀行の調達にあたっては、贈賄行為への関与が入札資格停止事由として規定されています。
(4)投融資基準
機関投資家・金融機関において、ESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した投融資が拡大しています。その結果、投融資先の決定や投融資先企業に対するエンゲージメント・議決権行使における基準として、投融資先企業のESG取り組みが評価項目として組み入られることが多くなっています。
以上
参考文献:高橋大祐著「グローバルコンプライアンアスの実務」一般社団法人金融財政事情研究会発行