Researcher report
研究員レポート
コーポレートガバナンスと内部統制としての与信管理体制の構築の仕方
コーポレートガバナンスとは
コーポレートガバナンスとは一般的に「企業統治」と訳されます。企業には株主以外にも債権者、取引先、従業員、国・地域、社会といった数々のステークホルダーが存在します。このようなステークホルダーと適切で良好な関係を保つことにより、企業は持続的な発展が可能となります。従い、これらステークホルダーが持続的な成長と中期的な企業価値の創出に貢献していることを認識することを企業に求めています。企業は上場、非上場に関わりなくコーポレートガバナンスを意識した経営が求められますが、2015年に施行されたコーポレートガバナンス・コードの基本原則2には次のように記載されています。「会社の持続的な成長と中期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらステークホルダーと適切な協働に努めるべきである」
日本におけるコーポレートガバナンスの変遷
戦後の日本は、敗戦から立ち直る為、重工業分野に重点的に投資し、その資金は直接金融である銀行からの融資に頼りました。銀行は企業の安定株主にもなり、ガバナンスを発揮、企業は事業活動に専念し、高度成長を達成しました。従い企業は銀行以外のステークホルダーとの関係構築には重点を置いていませんでした。しかし、1980年代には外為法の改正、起債規制の緩和などから、証券市場で債券を起債して資金調達を行う間接金融が台頭してきました。90年代にはいるとBIS規制による銀行の自己資本比率の強化が求められるようになり、貸し渋りなどが起き、企業の資本市場での資金調達が活発化します。そんな中、金融機関の不祥事もあり、資本市場の透明性を高めるため、企業統治のあり方が問われるようになり、ガバナンス体制の整備が求められました。2001年にアメリカでエンロン社による巨大粉飾事件があり、アメリカで投資家保護のためのサーベンス・オクリー法(SOX法)が2002年に成立し、日本では商法改正により「委員会等設置会社」が導入されました。2005年には商法の第2編「会社」規定が廃止され、新たに「会社法」が制定されました。さらに2006年には「証券取引法」が「金融商品取引法」に改変、いわゆるJ-SOX法が成立しました。「内部統制報告書」の作成と提出が求められるようになりました。このようにして間接監督機能の拡充や内部統制機能強化が図られるようになりました。2015年には会社法が改訂され、「監査等委員会設置会社」が追加され、また金融庁、東京証券取引所により「コーポレートガバナンス・コード」が施行されました。「コーポレートガバナンス・コード」は単に組織等形を整えるだけでなく、上場企業に具体的な行為を行うことを求めています。
コーポレートガバナンスと与信管理
前述のとおり、金融商品取引法では上場会社には「内部統制報告書」の作成を義務付け、内部統制の現状を記録し、経営者自身が内部統制の有効性を自己評価し、まとめないといけません。与信管理の観点からみると売掛債権の健全性や貸倒引当金処理が正しくなされているか等、与信管理体制がしっかり構築され、信用リスクの評価、モニタリングがされていることをステークホルダーに認知してもらわなければなりません。しっかりした与信管理体制を構築することは、粉飾決算、有価証券への不実記載、架空取引等の社内不正行為、違法行為を未然に防ぐことにもつながり、不正を事前に検知し、内部統制強化にも繋がることになります。金融商品取引法、会社法、「コーポレートガバナンス・コード」は中小企業に内部統制を義務化していませんが、与信管理は内部統制の重要な役割を担っており、中小企業といえども、与信管理体制の構築には、全力を挙げて取り組まないと社会的な評価を得ることも難しく、継続的な発展は望めないでしょう。従いステークホルダーである取引先、金融機関、従業員に対して自社の内部統制を説明し、情報を共有していかなければなりません。
内部統制としての与信管理体制の構築の仕方
では具体的にどのように社内で与信管理体制を構築していけばよいでしょうか?まず、経営レベルでの与信管理体制の構築の仕方を見ていきましょう。
経営レベルでの与信管理体制の構築
企業にはマーケティング、資金調達、人事等の企業経営に関わるリスクと金融市場の変動、税制・企業法制の変更、災害、風評等の外部に起因するリスクがあります。経営レベルでは企業利益の最大化を図り、リスクに優先順位をつけ、範囲を明確化の上、具体的な対策を立てて、リスクをコントロールすることが大事です。具体的なプロセスとしては、リスクを特定→リスクの算定→リスクの評価→リスク対策決定という手順となります。リスク対策決定では、リスクのある事業からの撤退等リスクを回避するのか、保険などを利用しリスクを移転するのか、社内の与信管理体制の強化などでリスクを低減するのか、どの方法を取るのか決めていかなければなりません。これらの判断は経営レベルで企業利益の最大化、費用対効果でのコストを見ていかなければならず、且迅速な判断が要求されます。
リスクマネジメントの構築・運用が不可欠ですが、一般的に内部統制システムのモデルと言われるPDCAサイクルが有効的です。具体的にはPLAN(与信管理規則の構築)、DO(与信管理規則の運用:取引先与信管理)、CHECK(与信規則見直:規則の見直し)、 ACT(与信規則の改善)です。このPDCAサイクルを着実に行っていくことにより、与信管理体制の一層の強化が図れることになります。
組織レベルでの与信管理体制の構築
組織レベルで与信管理体制構築に関わる部門としては営業部門、管理・審査部門、財務・経理部門、情報システム開発・保守部門、人事部門があります。
営業部門は取引を開始する時は取引先から情報を収集・分析し、与信限度額の設定を管理部門にしなければならず、取引開始後も継続的に取引先の信用リスクをモニタリングし、管理・審査部門に報告をしなければなりません。営業部門は取引先の窓口であり、与信管理の一義的な責任があり、最終的に債権を回収して、営業は完結するという意識を持たせなければいけません。
管理・審査部門は先ず取引開始に当たり、営業部門から上がってくる「与信限度額設定依頼書」に基づき、データを分析の上、取引の可否、与信限度額の設定に対する意見を述べなければならなりません。取引開始後は営業部店とも協力の上、取引先の信用リスクを常にモニタリングし、信用リスクに問題が生じた場合、または定期的に見直を行い、場合によっては与信限度額の見直し、キャンセル等の判断をしなければならず、極めて重要な役割を担います。
財務・経理部門は日頃取引に関わる入出金管理、支払遅延の管理を行います。また与信管理業務全般に関する予算の管理なども行います。
情報システム開発・保守部門は取引先に対する債権・債務の確認、代金回収の状況、売掛債権の滞留状況、与信限度額の管理等、各部門に的確、迅速にデータを提供できるシステムの構築・管理に努めなければなりません。
人事部門は従業員に対して与信マインドの向上を図るための教育、さらには与信管理業務に精通した人材の育成をしていかなければなりません。その為には管理・審査部門、さらには営業部門も交えて、計画、実施していくことが大切です。
与信管理業務は多岐に渡り、時間も費用も掛かり、全てを自社内で行うことは大変です。与信管理業務の一部を外部の機関に委託、さらには債権保全措置を外部の保証会社等に依頼する方法もあります。具体的には取引先の信用リスク調査には信用調査会社の信用調査レポート、格付けの利用、売掛金データ管理の為の経理システムの購入などが考えられます。売掛金保全は取引信用保険(国内・海外)、信用リスク保証、保証ファクタリング(国内・海外)、海外貿易保険などが考えられます。自社の取引先の特性、それに費用対効果を勘案の上、利用すると良いでしょう。
与信管理業務体制がしっかり構築されていないと、貸し倒れによる資金繰りの圧迫、前向きな営業活動が出来ず収益機会の損失、対外信用の悪化による取引の縮小、さらには社内の優秀な人材の流出を招き、最悪の場合は倒産に至ります。与信管理の重要性を認識すべきです。
いずれにしても、各部門が協力して与信管理業務体制が効率的に機能していくように、経営レベルも含め、一丸となって取り組んでいかないといけないでしょう。
参考文献:リスクモンスター(株)編「与信管理論」(株)
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