悪い物価上昇」と「悪い円安」
米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ(政策金利引き上げ)、量的引き締め(QT)を加速するとの観測が高まり、14日には米国の長期金利が一段と上昇した。それを受けて15日の東京市場では、日米金利差の拡大から円は対ドルで20年ぶりとなる126円台半ばまで一時下落している。為替市場で円は1ドル126円台を固めつつある状況だ。
鈴木財務大臣は15日の閣議後の記者会見で、急激な円安について発言し、「原材料を価格に十分転嫁できないとか、賃金がその伸びを補うように延びていない『悪い円安』の状況といえるのではないか」と発言し、現状の円安が「悪い円安」と明確に認めた。
鈴木財務大臣の発言は、「悪い円安」と「悪い物価上昇」とが混在している印象だが、発言の主旨をより嚙み砕いて解釈すれば、「原材料価格は大幅に上昇しているが、多くの企業はそれを価格転嫁できておらず、企業収益は悪化している。また、賃金上昇の伸びは低いため、物価の上昇によって実質賃金は下落し、消費に悪影響を及ぼしている。つまり足もとでの物価上昇は、需給ひっ迫、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇ではなく、先行きの経済を悪化させる「悪い物価上昇」だ。その「悪い物価上昇」を促す為替市場での円安進行は、「悪い円安」と言える」ということになるのではないか。
財務大臣がここまで踏み込んだ発言をしたのは、円安に対する危機感の表れであるとともに、円安を助長している日本銀行の金融政策姿勢に対する不満の表れなのではないか。
為替介入の実現可能性は低い
鈴木財務大臣は、4月20日から米ワシントンで開かれる20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に出席する。その際に現地で財務相会談を開く方向で日米両政府が調整していることを、大臣は明らかにした。こうした情報を開示することは、日米双方で円高対策が話し合われ、為替介入につながるとの期待を市場に抱かせることで円安をけん制する、一種の「口先介入」ではないか。
しかし実際には、米当局が日本の円安進行に強い懸念を持っているとは到底考えられない。日本政府が円安阻止の為替介入を行う際には、G7諸国の了解、特に米国の承認が事実上必要となる。しかし、今回の日米財務相会談で、日本の為替介入が認められる可能性は低い。
どの国も物価高に苦しめられているのが現状であり、自国通貨高を通じて物価上昇圧力を抑えたい、と考えている。そうした時期に、仮に米国が円買いドル売りの為替介入を日本に認めれば、他国でも自国通貨買いの為替介入の動きが広がるきっかけを与えてしまい、自国通貨切り上げ競争につながっていくリスクも生じる。そのため、米国は日本の為替介入を認めない可能性が高いのである(コラム「20年ぶりの歴史的安値水準が目前の円の対ドルレート」、2022年4月13日)。
水面下では政府と日銀の軋轢が高まっているか
財務大臣が「悪い円安」と明言したことは、水面下では円安を巡って、政府と日銀との間の軋轢が着実に高まっている可能性を示唆するものではないか。現在の黒田体制のもとでは、日本銀行がマイナス金利解除や資産縮小などの金融政策の本格的な正常化に踏み出す可能性は低い。ただし、円安リスクの軽減を狙って、イールドカーブ・コントロール(YCC)の運用を柔軟化し、規定の上限を超える長期金利の上昇を一定程度容認する可能性はあるのではないか。
それでも、円安ドル高の流れが転換するには十分でなく、それにはFRBの急速な金融引き締め姿勢が変化することが必要だろう。それが生じるまでにはなお数か月の時間を要することが見込まれ、そこまでは円安進行のリスクが続くのではないか。
1ドル130円までの円安は既に視野に入っており、次の大きな節目となるのは90年代まで遡る1998年の147円66銭である。
出典:株式会社野村総合研究所(NRI)