「中国発インフレ」が世界に与える小さくない影響
世界の工場の物価上昇は各国に広がりつつある
アメリカなど世界各地で物価が上がり、インフレの波が世界経済の脅威となる可能性に警戒感が強まっている。問題はこの物価上昇が持続的な現象なのかどうかだ。
中国指導部は結論を待つことなく、矢継ぎ早の対策に乗り出している。コスト高から工場などを守るため、鉄鋼メーカーや石炭の供給企業に値上げを思いとどまるよう圧力を加えているほか、買い占めや価格のつり上げを調査すると明言。穀物、食肉、穀物、石油、鉱物といった必需品の国際的な購買能力を高めるために、何年ぶりかという人民元高も容認している。
中国は世界を圧倒する製造・輸出大国だ。そこでの物価上昇は、世界のあちこちで感じ取れるようになっている。中国国家統計局が6月9日発表した5月の卸売物価指数(工場や農家といった生産者が請求している価格)は、新型コロナウイルスの感染拡大で物価が低迷していた昨年5月に比べ9%上昇した。リーマン危機のあった2008年9年以来で最大の上昇率だ。
中国からの仕入れ価格は2割上昇
マンハッタンに本社を置き、ダウンパーカーなどの高級アパレルを輸入しデパートなどに卸販売しているアナベル・ニューヨークは、春の段階ですでに10%の値上げに踏み切っている。ところが、同社のベネット・モデル社長によれば、中国からの仕入れコストは20%上がっているという。
国際石油価格の上昇から、パーカーに使う合成繊維のコストが上昇。中国が最大の生産者となっているダウンの羽毛も一段と高価になった。航空貨物会社や海運会社が需要増への対応に苦しむ中、太平洋を横断する航空貨物運賃は3倍に高騰するケースも出てきている。
モデル氏がこれらのコスト増を卸売価格に全面転嫁できずにいる理由は、ただ1つ。顧客を失う恐怖だ。「全部を本気で転嫁したとしたら、今頃は(顧客が手出しできないような)バカ高い値段になっている」とモデル氏。
もちろん、世界的なインフレの波が今後も続くと決まったわけでは、まったくない。エコノミストの多くは、コロナ禍による工場休止やサプライチェーン(供給網)の混乱が解消すれば、物価上昇は和らぐと考えている。
中国指導部がインフレを恐れる理由ははっきりしている。過去数十年にわたる急速な経済成長は周期的な物価の高騰を引き起こし、そのたびに国民の怒りが高まった。実際、物価上昇は1989年に北京の天安門広場でデモが広がった一因ともなっている。当局は以前から非公式な価格統制や補助金を用い、国内のスーパーや家庭の食卓レベルで物価上昇が体感されにくくなるような策を講じてきた。
物価は現在、一部で確実に上がってきている。製紙会社は今年春、ナプキンやトイレットペーパーなどの大口販売価格を4倍に値上げした。豆腐用の大豆も価格上昇が続く。
インフレの影響を最も受けているのは…
だが、現時点でインフレの影響を受けているのは消費者よりも製造業者だ。オーストラリアから輸入している鉄鉱石やアメリカから輸入しているトウモロコシの値上がりが、中国の物価上昇の大部分を占めている。
中国国務院(内閣に相当)は5月、コモディティー(国際商品)価格の上昇を受けて、中小零細企業を対象にした補助金を発表。投機を押さえ込むため、商品先物取引にも新たな規制を加えた。一部の鋼材については輸出税を引き上げ、国内の在庫確保に力を入れている。
5月19日の国務院常務会議で李克強首相は「法令に従って独占や買い占めを断固として取り締まり、市場の監視を強化するよう」役人に指示した。
政府の対策によって卸売物価の上昇を遅らせることはできるかもしれない。だが、止めることはできないだろう。原材料価格の上昇でにっちもさっちもいかなくなった企業はいずれ値上げの方法を見つけ出すか、それができなければ生産を止めるほかなくなる。パルプ原料価格の上昇と「製品価格を値上げするな」という圧力の板挟みとなった製紙会社はこの春、保守管理を理由に一部の工場を休止した。
物価上昇は今のところ、中国の消費者にまで広がってきているようには見えない。5月の消費者物価指数は、前年同月比で1.3%の上昇にとどまった。
中国の国内経済がパンデミックから全快していないことが一因だ。個人消費はさえない状況が続いており、最近では豚の骨付き肉などが若干値下がりしてきている。男性用下着の値段も変わっていない。
ある日の午後、上海のテント市場で販売員たちに話を聞くと、食品価格に上昇の兆しは見られないとの答えが返ってきた。例えば、卵、牛肉の値段は以前とほとんど変わらない。
それでも、中国の物価上昇は国外に波及する可能性がある。中国指導部は自国通貨高を許容することで、インフレの脅威に部分的に対処しようとしている。人民元は現在、対ドルで2018年半ば以来の水準にまで上昇してきている。
人民元高で加速する中国のインフレ輸出
ドルに対する年初からの上昇率は2.2%と、人民元の価値の上昇はごくわずかだ。しかし中国はドル建て資源の購入に巨費を投じているため、絶対的なインパクトは大きい。中国は昨年、原油輸入だけで1762億ドル、さらに穀物輸入で508億ドルを費やしている。
中国の通貨は以前から大きな政治問題になっていた。アメリカの政権や議会は、中国は不当な通貨安政策で輸出競争力を高めているとして長年、中国政府を非難し続けてきた。
ところが今回、中国政府は人民元高を放置している。特に介入することもなく、世界経済の力学に任せて通貨高となるのを許しているのだ。
人民元の上昇はアメリカでは、中国製品の輸入価格上昇を通じて、インフレ圧力を強める可能性がある。
アメリカ労働省の統計データによると、中国からの輸入品の平均物価指数は2018年夏からパンデミックが始まるまでの期間に約2%下落し、その後横ばいになったが、昨年11月からは2%の上昇となっている。
「中国はインフレを輸出しているのだろうか」。オックスフォード・エコノミクスの中国専門家ルイス・クイス氏は自らの問いかけに、こう続けた。「人民元ベースでは、影響はそれほど明白ではない。ただドルベースで見ると、影響はもっと大きくなる」。
(執筆:Keith Bradsher記者)
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